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時代の変化とともに、こころの病に対する認識は変化しつつあります。しかし、実際に患うご本人やともに暮らすご家族の苦しさや辛さはそう変わったりしません。どんな理屈や倫理感や常識があろうが、すべてを投げ出したいのは一度や二度ではないでしょう。
我が存在を、あるいは我が子やパートナーの存在を本当に投げ出したい、その川の渡し船に乗ってしまうその前に、ここにちょっと立ち寄ってほしいと、「先人」たちが開設したお茶屋さんです。

特集 2020.04.03

特集「生き残ったわたしたちのエピソード」


はじめに

SANZというこのサイトが立ち上がって一年。
ここに立ち寄って、とりあえず渡るのを踏みとどまってくれた方がいてくれたら嬉しく思います。


娘はこの川のほとりのお茶屋さんの看板娘になるはずが、3年前に渡し船に乗って川を渡ってしまいました。
黒猫はみーこという名で娘が可愛がっていた猫です。この子はそれから1年後に娘のところに渡りました。


毎月一度、SANZの編集会議がありますが、ここでは娘と同じ苦しみを抱えた当事者や編集員の方、心理士の先生が参加して話し合いをしています。
私は最初からこの会に参加し、娘からは聞けなかった当事者の方の苦しみや体験談などを直接聞いたり、時には親の立場から思いを話したりしています。


初めは苦しくなることもありましたが、仲間たちに気づかされることも多く、まだまだ揺れることは多いものの、以前よりも気持ちが落ち着いてきているのを感じています。


ここでお茶でも飲みながら、色々なエピソードを読んで少しゆっくりしていって下さい。



うつ病・双極性障害

本気で死にたいと思った。2度のODをした。結果死ねなかった。きっと神様がまだ生きていなさいと言ってくれたのだと悟った。世界は変わらないのだ。


アルコール依存症

俺が俺がで生きてきた僕は、追い詰められて自分の無力さを思い知った。そんな時巡り逢えた主治医に、心の傷を打ち明けられた。涙と共に、話すと楽になれる事を知った。


パーソナリティ障害

気持ちを分かってほしくて男や親を振り回した。でも、他人は常に自分の欲しい答えはくれない。それで大炎上。今は人を巻き込まず波が過ぎるのを待つ。


発達障害

同級生の死から自死遺族の気持ちを理解した。希死念慮が収まらない時僕は頓服薬飲むようにして頓服と睡眠薬を飲むと眠気に襲われ気持ちが落ち着いた。


うつ病・双極性障害

一秒先まで生きる一秒先まで生きる一秒先まで生きる。ずっとは続かない。ずっとは続かないから大丈夫。唱え続けて死にたいの嵐が過ぎるのを待つ。



特集 2020.06.03

特集「新型コロナウイルス流行下で考えたこと」


うつ病・双極性障害

躁鬱の最中にいた時は、コロナの影響は計り知れないものがあったと思う。鬱のど真ん中にいた時なら、自身のことでいっぱいいっぱいで、コロナは自分が死ぬチャンスとまで思っていただろう。
躁で地上100階にいた時なら逆に、「自分が世界を救う!」と豪語していたかもしれない。
今、回復途中にあって思うことは、生き続けることの「尊さ」であり、「責任」である。病と闘う中で、冷静な思考を持つことが少しは出来たのかもしれない。


摂食障害・発達障害

パスタソースは買えたが麺は買えなかった。いつもと違うメーカーならあった。悩んだが、買わずに帰った。自粛による休業で、いつもの靴下も買えなかった。
知ってる味、毎日同じ商品を使うことで安心を買っていた。安心は代用が利かない。譲歩できるところはないか探して、パスタソースをご飯にかけてチーズを振った。断腸の思い。ギリギリ食べることができた。
靴下はどうしよう。これを機に新しい感触に挑戦!とは思えなかった。


当事者・ママ

どんな問題も時間が解決してくれることが多いと思う。でも、「すぐに解決したい」「この不安を抱えたままでいられない」と待つことが難しい。
その問題が家庭内での問題である場合、この自粛の中でテレワークや学校休校など家族が狭い家の中で過ごす、家の中が密になっている状況では非常に難しい。
毎日解決できない問題と嫌でも向き合わないといけない。リビングでお互い家事や仕事や勉強をせざる得ない、個室がない場合、距離をとるのが難しい。


うつ病・双極性障害

夫が在宅勤務で朝昼晩の食事を作らなければならなくなった。でもただ今躁状態。家事がサクサク進む。やりたくなかった家事も出来てしまう。達成感の嵐だ。とても気分が良い。
家の中の掃除。苗をプランターに植え替える。手芸を始めたり、私はこのご時世の中、有意義な毎日を送れている。制限された中で出来る楽しみさがしが得意であります。


アルコール依存症

コロナの影響で依存症が進行する人が増えている。僕はアルコール依存で今は断酒に成功しているが、治療に繋がる前にこの状況を体験したら間違いなく連続飲酒になった筈だ。
世の中収入がなければ生活できない。その不安を緩和するために酒に走る。自業自得だがそれが依存症。
断酒できている人も失敗者が出てくる。感染防止のために自助会の例会が開けないからだ。例会は重要な治療の場。再飲酒は死に繋がる。早期終息を祈るばかりです。


パーソナリティ障害

あの頃に比べれば今はちょっとした不安にも動じない対策を講じれるようになったのかもしれない。
前職で人間関係に疲れた私は、今は在宅ワークを目指して日々勉強中。すっかり自粛生活を満喫。引きこもり生活は水を得た魚のようだ。
カフェミュージックのCDを借りて部屋で流し、コーヒーをいれて、お手製『自宅カフェ』でPCと向き合う日々。これを機に部屋の掃除にも本腰をいれる。今ある中で出来ることがあることを知った。



特集 2020.04.03

特集「生き残ったわたしたちのエピソード」


はじめに

SANZというこのサイトが立ち上がって一年。
ここに立ち寄って、とりあえず渡るのを踏みとどまってくれた方がいてくれたら嬉しく思います。


娘はこの川のほとりのお茶屋さんの看板娘になるはずが、3年前に渡し船に乗って川を渡ってしまいました。
黒猫はみーこという名で娘が可愛がっていた猫です。この子はそれから1年後に娘のところに渡りました。


毎月一度、SANZの編集会議がありますが、ここでは娘と同じ苦しみを抱えた当事者や編集員の方、心理士の先生が参加して話し合いをしています。
私は最初からこの会に参加し、娘からは聞けなかった当事者の方の苦しみや体験談などを直接聞いたり、時には親の立場から思いを話したりしています。


初めは苦しくなることもありましたが、仲間たちに気づかされることも多く、まだまだ揺れることは多いものの、以前よりも気持ちが落ち着いてきているのを感じています。


ここでお茶でも飲みながら、色々なエピソードを読んで少しゆっくりしていって下さい。



うつ病・双極性障害

本気で死にたいと思った。2度のODをした。結果死ねなかった。きっと神様がまだ生きていなさいと言ってくれたのだと悟った。世界は変わらないのだ。


アルコール依存症

俺が俺がで生きてきた僕は、追い詰められて自分の無力さを思い知った。そんな時巡り逢えた主治医に、心の傷を打ち明けられた。涙と共に、話すと楽になれる事を知った。


パーソナリティ障害

気持ちを分かってほしくて男や親を振り回した。でも、他人は常に自分の欲しい答えはくれない。それで大炎上。今は人を巻き込まず波が過ぎるのを待つ。


発達障害

同級生の死から自死遺族の気持ちを理解した。希死念慮が収まらない時僕は頓服薬飲むようにして頓服と睡眠薬を飲むと眠気に襲われ気持ちが落ち着いた。


うつ病・双極性障害

一秒先まで生きる一秒先まで生きる一秒先まで生きる。ずっとは続かない。ずっとは続かないから大丈夫。唱え続けて死にたいの嵐が過ぎるのを待つ。



特集 2020.01.03

特集「年末年始のエピソード」

日常が大きく変わる盆暮れ正月。記憶に残る年末年始の出来事を、当事者、支援者に聞きました。


看護師

昔は大晦日だけは0時までテレビOKとしていました。ホールで紅白歌合戦を患者さんと観るのも仕事の一つでした。時代が変わり、今は一人1台テレビ付きのベッドです。患者さんが観ているのはお笑いや格闘技。「時代だな~」と思いながら巡視していました。


管理栄養士

親族が集まり子ども時代の話で盛り上がり、当時流行っていたスナック菓子の話になりました。某社エビ風味のスナック菓子のキャッチコピーが「やめられないとまらない」だったことを思い出しました。
身近なところに依存物質が潜んでいたと気づきました。うわっ!お酒飲めなくても危険なものってこの世にあるのね、と思ったウン十年後、まさか日本一のアルコール依存症の病院に異動になろうとは思わなかった。


統合失調症

今日、ご褒美にお手軽なエステで、被害妄想でこわばった顔をほぐしてもらってきました。そしたら、本物のヒアルロン酸が入ったドリンクのプレゼントが(笑)。飲んだら被害妄想なおるかなぁ(笑)。

(解説)治療に使う薬は、経口薬(飲んで服用する薬)以外にも、予防接種のような注射での治療方法があります。注射が有効なのは、直接血管に薬剤を入れるので、胃を通って消化して…という時間を短縮できること、また服薬忘れを避ける、月1回の注射で代用することの二つがあるのです。このエピソードは後者で、注射を「(美を維持する)ヒアルロン酸」と表現しています。


当事者

うまれて初めて妄想に苛まれ二階から落ちた。首はむち打ち、腰は骨が潰れた。寝込んで唸っていたら障害基礎年金打切の通知が来た。おまけで背骨に響く喉風邪を引き39℃の熱が出た。令和元年はこうして過ぎて行った。


統合失調症

統合失調症の俺、18歳からちょっとおかしいなと思い始め今は46歳になります。
正月と言えば平成16年1月1日、俺が生まれて初めて措置入院をした日、今でも忘れない、変な思い込みで近所の車のフロントガラスをゴルフクラブで割り、そのまま警察に連れられ精神病院へ、病院への移動中このまま警察に富士山の樹海にでも埋められてしまうのではないかとここでも悪い思い込みをしていました。
そういうわけで、過去にはとんでもない正月もありましたが、今ではライブに行ったり、テニスの試合に出たり、ドラムのレッスンに行ったり充実した時を過ごしています。大丈夫病気はきっと良くなりますよ。





特集 2019.10.03

特集「『精神科』に辿り着くまで」

どんな異変を感じて、どのようにして精神科に行くことになったのか。家族や友人、学校や職場の人、誰に相談したか。自分から行ったのか、誰かに連れて行ってもらったのか、連れて行かれたのか。行政機関や病院の他の科から紹介されたのか...。『精神科』に辿り着いた経緯について当事者、家族に聞きました。



アルコール依存症(通院歴11年)

数々の問題飲酒後に断酒を試みるが、試してみると?全く眠れない。手足は震え、目を閉じると眼球が痙攣。身の危険を感じて妻の探した精神科を受診。アルコール依存症と診断を受け入院。薬でようやく眠ることができた。


発達障害(通院歴12年)

21歳の6月。最初の職場で人間関係と仕事があまりにもできないことに悩み、何回も自殺未遂を繰り返して、母親に精神科につれていかれたのがきっかけです。


家族(娘がパーソナリティ障害・通院歴14年)

娘が16歳の時、ある夜突然「苦しくて消えたくてどうしたらいいかわからない。楽になりたいから精神科へ行きたい。」と言った。ネットで調べて何となく良さそうな精神科を初めて受診したが、以来6人医師を変えた。


うつ病・双極性障害(通院歴19年)

20歳春。強烈な希死念慮に襲われ、このままでは自分に殺されると恐怖を感じ、精神科クリニックを探し受診。初診を終えてから両親に報告。3年後、別のクリニックで双極性障害の可能性を指摘された。


パーソナリティ障害(通院歴19年)

亡くなった叔父が精神科に通っていたため、ずっと受診しなかった。精神科に行ったら人生終わると思っていた。しかし学校を退学すると引きこもり、周囲が困り受診へ。私は「人生終わりでいい」と思い、精神科に行った。とっくに限界を超えていた。


摂食障害(通院歴23年)

スクールカウンセラーに友達の相談をしていたはずがいつの間にか自分の相談になっていた。一気に痩せた私に摂食障害の疑いがあると担任に伝わり親にも警告が出たらしい。中1の秋に心療内科へ入院、退院後精神科へ。



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