Blog Image

時代の変化とともに、こころの病に対する認識は変化しつつあります。しかし、実際に患うご本人やともに暮らすご家族の苦しさや辛さはそう変わったりしません。どんな理屈や倫理感や常識があろうが、すべてを投げ出したいのは一度や二度ではないでしょう。
我が存在を、あるいは我が子やパートナーの存在を本当に投げ出したい、その川の渡し船に乗ってしまうその前に、ここにちょっと立ち寄ってほしいと、「先人」たちが開設したお茶屋さんです。

ジュニア 2022.4.10

結局は正解に辿り着く

2022年4月、私は高校生活を終えました。昨年「卒業はできない、留年になる」と言われ、頭の中は真っ白になりました。周りの同い年の方達は沢山のお花を貰って、写真を撮って、泣いていて。私には凄く胸が締め付けられる気持ちでした。

先が見えない苦しさに何度も辞めたいと、親と喧嘩しました。高卒という学歴は不可欠と周りに説得され学校に行く気を失いました。なんとか周りの力を借り、2022年3月上旬、高校卒業が正式に決まりましたが正直、卒業の実感が湧かず、何とも言えない気持ちでした。自分の意思ではなく、無理矢理で。卒業式も行きませんでした。

4月上旬に何となく学校に行くと、そこには一人の先生が居ました。勉強も精神面も私の高校生活の全てを助けてくれた先生でした。その先生が居なかったら今の私は居ません。その先生と私の二人だけの卒業式をして、たくさん話しました。「あんな事があったね」「これ覚えてる?」とか。やっと1年間頑張ってあそこで諦めなくてよかったと。

今、真っ暗なトンネルの中で先の見えなくて立ち止まっている方々へ伝えたい。ずっと一緒にいるから、安心して、大丈夫だよ。みんな苦しい中で朝起きて、ご飯食べて、寝て、泣いて、笑って。毎日当たり前のことができるだけで偉いのです。



うつ病・双極性障害 2022.3.10

私を変えてくれた経験

私が自分を変えようと思ったきっかけとなった出来事はある底つき体験でした。それまで私はどこかで自分を変えなければいけないことは分かりつつも、それを認めたくない気持ちによって踏み出す勇気が持てませんでした。だってこうなったのは私が悪いんじゃない、私ばっかり余りに不公平じゃないか、そんな思いがあったと思います。

そんな私にその体験は、変わるか否かの決断を突きつけてきました。それまで自分を変えるなんて、自分が歩み寄るなんて考えもしなかった私が、自分の間違いを認め自分を変えてみようと決意出来たことはある種の成功体験でした。長い間握り締め、後に引けずにいたものを手放せたことで、私の心は一気に軽くなり、そしてそんな自分のことが少し好きになれた気がしました。確かに底つきで最低最悪な体験ではあったのですが、今となっては自分を変える勇気と覚悟を与えてくれた貴重な経験となりました。

その後も性根は変わらないのか、ことあるごとに我を張ることを繰り返していますが、下手なりにも手放すことが徐々に上手になったように思います。その繰り返しで少しずつ角が取れ、社会でも底々上手くやっていけるようになりました。つい我を張ってしまう自分が大切にしなければならないのは謙虚さと相手を思いやる気持ちだということはこれからも忘れずにいたいです。



摂食障害 2022.2.10

お笑い

私が死ぬほど辛くなった時は、まず家に引きこもります。私はお笑いが好きで、特にキングオブコントとM-1グランプリという賞レースが好きなので、その映像をたくさんみます。面白かったコンビのSNSを見たり、動画、ラジオを見たり聞いたりして推しの芸人のことばかり考えています。その2つの賞レースに出るような人たちはまだ売れていないため、決勝に出たことをきっかけに、仕事が増えると嬉しくなります。推しが徐々に売れていくのは気分が良くなります。

そんなこんなで、うつ状態の時は、家ではその推したちの何らかの映像や音声を流し、外出している時もイヤホンをして常に流しています。仕事が終わり更衣室で着替えると同時にイヤホンをして聴き始めます。寝る寸前まで音声を聞いて寝落ちするため、睡眠中も聞いていることになります。今思うと、ここ4年くらいは誰かしらの芸人の推しがいて、その推しのネタや情報を常に浴びながら辛いことをやり過ごしているように思います。



パーソナリティ障害 2022.1.10

自分を生きる

私は39歳で二児の母をしています。10歳の頃から離人症、パニック障害、そしてBPDと一緒に生きてきました。若い頃はいつも生きることがただただ辛く、生きていることに何の喜びも感じることはなく“消えたい…この先、いつまで生きるのか”と絶望していました。しかし28歳の時、良きパートナーに出会い、娘と息子を出産したことで、昔よりも生きていることに幸せを感じるようになっていました。

そんな私に昨年、大腸がんが発覚。死にたいと思っていた頃には死なせてはくれなかった神様は“生きていたい”“少しでも長生きをしていたい”と気持ちが変わっていた時には、その願いは叶えてくれないのか、なんて残酷なのだろう…と思いました。

運よく手術をして復活することが出来た私は、初めて生きるということをしっかりと嚙み締めたのです。何かを求め続け、“現状を変えないと今の自分ではダメで、もっとこうじゃなくちゃ”そんな長年の自分の思いに、“それって一度しかない人生なのにいいのか?”と問うようになりました。

私は私でいたい。一度だけ与えられた時間は誰のものでもない私だけのもの。どれだけ幸せを感じられるかも自分が決める。私は私が築いた人生を楽しみ、笑い、泣き、怒る。この先どんなことがあろうとも、生きていくことが楽しみで仕方ないのです。



back number(年別)

back number(特集)

back number(疾患別)